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そもそも「標準仕様移行」※2とは、自治体の基幹業務システムを「国が示す標準仕様」に統一しようという取り組みです。これは「ガバメントクラウド」などの考え方も含まれ、国全体としてデジタル・トランスフォーメーション(DX)を推進し、自治体業務を効率化しようとする試みといえます。業務内容や住民サービスは自治体によって異なる部分がある一方で、戸籍や住民票、税務など、全国どこでもほぼ共通の仕組み・手続きが存在します。そこで、できるだけ共通化できる部分を標準仕様としてまとめ、システム開発や運用コストを削減しようというのが基本的な目的です。
しかし、最新の報道※1によると、当初のスケジュールである2025年度までに自治体システムを標準仕様へ移行させる計画が、事実上遅延する見込みであることがわかってきました。遅延の理由は複数ありますが、主に以下のような課題が指摘されています。
多数の自治体向けに同時並行で標準仕様への対応を行う必要があるため、開発やテストの工数が膨大になっている。
標準仕様ではカバーしきれない独自の要件や条例などがあり、完全に一本化できない部分への対応が複雑化。
自治体そのものも予算が限られている上、システム移行を指揮する人材が不足している。とくに「ひとり情シス」の自治体では担当者が業務過多になり、準備作業が追いつかない。
標準仕様への移行が遅れることにより、自治体は新旧システムを併存させる必要が出る場合もあり、運用コストの増大やシステムトラブルへのリスクが高まると懸念されています。
実際のところ、標準仕様移行の遅延は自治体自身にとって大きな負担となります。しかし、その影響は行政手続きや住民サービスを利用する民間企業にも無関係ではいられません。たとえば地方税の電子申告や電子納税システムの整備が遅れれば、結果として企業側の作業に余計な手間や混乱が生まれる可能性があります。今後、自治体間でシステム連携がスムーズに進まなかったり、一部の手続きがオンライン化されなかったりする事態も考えられます。このように自治体のシステム不備は、意外と身近な形で企業活動にも影響を与えるのです。
自治体は一般企業と異なり、組織規模や予算に大きな差があったとしても、法律や条例で定められた業務を遂行しなければなりません。しかし、情報システムに関しては必ずしも十分な人員や予算が割り当てられているわけではなく、小規模自治体では「ひとり情シス」が珍しくありません。
1人でPCのセットアップからネットワーク管理、ベンダーとの交渉、マニュアル作成、住民からの問い合わせ対応など、すべてを担わざるを得ない。
個人の経験と勘に頼った運用となり、担当者が変わった途端にブラックボックス化してしまうリスクが大きい。
行政職員全員がデジタルに精通しているわけではなく、システム投資の重要性が共有されにくい。その結果、情シス担当者は孤軍奮闘しがちになる。
これらの事情は、とりわけ中小企業の情シス担当者にも共通する課題です。限られた予算・人材でデジタルの進化や社内のITニーズに対応しなければならない、という状況は少なからず似通っています。
自治体の標準仕様移行が遅延している要因の一つとして、同時並行で複数のプロジェクトを進めざるを得ないという状況があります。これは中小企業でも「業務システムの刷新」「セキュリティ強化」「テレワーク環境整備」などを同時に迫られた結果、スケジュールがカツカツになってしまう状況と重なります。
小さなチームやひとり情シスで複数のシステム導入・移行を同時進行するのは至難の業。
予定が遅れれば、保守延長費用や余計な工数がかかり、さらに予算のやりくりが困難になる。
日々の運用やサポートに追われるあまり、経営層や関係部門との情報共有が後手に回り、意思決定が遅れる。
このように「みんな一緒にやらなければならないのに、誰も担当者を増やせない」という悪循環は、民間企業でも非常に起こりやすいです。
行政のDXは国の方針や法律改正などの「外圧」によって推進される一面がありますが、同時に「担当者が足りない」「使える予算が限られている」といった「内在する課題」が常に存在します。民間企業の場合も、コロナ禍や社会情勢の変化などの外的要因で一気にDXを求められるときこそ、最前線で実務を支える情シス担当者の負荷が急増することは珍しくありません。こうした問題も民間、行政に共通する部分です。
自治体の標準仕様移行が遅れると、古いシステムの延長運用や一部手作業への依存が長期化する恐れがあります。民間企業であれば、老朽化したシステムの保守費用がかさむうえ、セキュリティリスクも増大します。また、システムが時代遅れになることで業務効率が落ち、最終的に社内外の信頼を損なう可能性もあります。
サポート切れのOSやソフトウェアを使い続けることで、脆弱性が修正されないまま放置される危険性がある。
旧システムとの共存期間が長引き、ベンダーサポート延長や追加開発費が積み上がる。
新技術やクラウドサービスが使えず、市民サービスが遅れれば町全体の魅力が低下します。企業であれば新しい市場に乗り遅れることや、競争力の低下を招きます。
こうしたリスクは、自治体情シスだけでなく民間情シスが日頃から感じている不安そのものでもあります。
遅延や混乱を最小限にとどめるためには、事前に以下のような取り組みが重要になります。
システム投資を軽視されがちな組織では、まず経営層や関係者への丁寧な説明が不可欠です。投資を怠ればどんなリスクが発生するのか、定量的なコスト試算や他社(他自治体)の事例も参考にして説得材料をそろえましょう。自治体でも「今後の電子行政サービスの拡大に備え、延長保守コストを削減するために早期移行は必須」といった主張がよく用いられています。
すべてを一気に刷新しようとすると、どうしてもプロジェクトが複雑化して遅延しがちです。優先度の高い領域から順次導入・移行を進めていく段階的なプランを立て、ロードマップを明確にすることが肝心です。
「ひとり情シス」では限界があることを認識し、外部パートナーや専門ベンダーの協力を得る手段を検討しましょう。自治体の場合、総務省や関連機関が支援メニューを提供していることもあるので、その情報をキャッチアップするのも手です。民間企業でも助成金や補助金制度を活用する方法があります。
自治体の「標準仕様移行」遅延の背景には、運用担当者の不足と時間的制約、そしてベンダー側のリソース逼迫が重なっていることがあります。これは民間企業のシステム更改の際にも似たような状況に直面しがちです。こうした場合には、先にリスクに対処するリスクヘッジの思考を持つことが不可欠です。
たとえば自治体がひとつの基幹システムで成功事例を作り、他の業務でも同じノウハウを適用していくイメージ。
ひとつのベンダーに過度に依存すると、ベンダー側の事情で対応が遅れた際に全体がストップしてしまう。
多少の遅延は想定内とし、延長保守の予算を確保しておくなど現実的な対策をあらかじめ盛り込む。
これらのポイントは、そのまま民間企業でも真似できるリスク管理策です。システム移行における「落とし穴」を想定し、あらかじめ対応策を講じておくことで、結果的にはプロジェクトをスムーズに進められます。皆様の会社でも是非参考にしてください。
(TEXT:犬を飼ってるゴリラ、編集:藤冨)
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