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ワークフローシステム導入後の課題調査(サイオステクノロジー株式会社、2025年)によると、ワークフローシステムの導入後に最も苦労した課題の第1位は「利用者向けの操作方法の教育とヘルプデスク対応」で回答した企業の41.8%が導入後の運用対応に課題があったと回答しています。
ちなみに第2位は「紙で行っていた業務をシステムに合わせて標準化する難しさ(40.0%)」。第3位は「社内全体への事前告知・利用促進と定番化(34.5%)」と続きます。
この結果から分かることは、システムの設計以前に課題の本質は「人」にあるということです。
ワークフローシステムは、使用頻度が高く、多くのメンバーが関わるシステムです。
ましてやアナログからの変更となると、現場の混乱は容易に想像できます。
特に1位の「ヘルプデスク対応」の裏側では、「この場合の正しいルールは何か?」「承認ルートに、承認を得る必要がある人物が入っていないのではないか」というルールに関する問い合わせが殺到している状態が透けて見えます。
正しく動くシステムを前にして初めて、自分たちの「暗黙のルール」を知らなかった、あるいはルールが曖昧だったという事実が、情シスの前に壁として立ち上がるのです。

ワークフローシステムの設計で最初に行うのは、現場への承認フローのヒアリングではないでしょうか。
多くの部署が、申請者から上長に上げていく単純なフローを提示するでしょう。
しかし実際に行われているフローは、そう単純ではないことが多々あります。
「備品の購入はA課長の承認で済むが、出張承認は本部長・部長・A課長・B課長の承認が必要。海外出張はさらに別の承認者が加わる」
「今までは営業部に承認を回していなかったけれど、このケースでは回した方がいいのでは?」
など、ワークフローを回せば回すほど、あのパターン、このパターンと次から次へと出てきます。
さらにこんなケースもあります。
「今までは部長に口頭で承認をもらっていた。でもシステム上は課長→部長→本部長の3段階。余計に面倒になった」という不満が噴出。部署によっては、書面による承認を経ず、口頭承認で済ませていることもあります。
社内で統一されていないルール、ルール破り、そして臨機応変という名のルール無視。これでは、どれだけ承認ルートを作成してもきりがありません。
挙句に「ワークフローシステムなんか入れるから、余計に大変になった」という声まで上がってきてしまったら、情シスの心はぽっきり折れてしまうでしょう。本当の問題はワークフローシステムではありません。組織が自分たちのルールを知らず、守ってこなかったことにあります。

情シスの皆さんは、経営の「効率化・可視化・統制」の要求と、現場の「今まで通りやりたい」という声の板挟みに一度は直面したことがあるのではないでしょうか。
情シスは技術職として認識されていることが多いと思いますが、実際に期待されている役割は「組織文化の翻訳者」ではないかと感じることがよくあります。
もちろん専門技術の知識も必要です。しかし技術を組織に根付かせるためには「今の仕事のやり方」を咀嚼して、システムで実現できる形に変えていかなければなりません。
業務を効率よく回し、ボトルネックをなくしたいという経営の考えは理解できます。
現場が日々業務を遂行する中で、様々な改善や工夫をしてきて今の形があることも事実です。
現場の工夫を否定することはできません。だからといってすべてシステムに載せられるわけでもない。このジレンマを味わったことがある情シスの方は少なくないでしょう。
綱引きのようなこの状況を変えるには、何が必要なのでしょうか。
それは、完璧なシステム設計ではなく、組織が対話できる空気をつくることかもしれません。

ワークフローの運用がうまくいかない理由を、心理的な側面から紐解いてみましょう。
人は利益を1得ることよりも、損失の方が2倍大きく影響を受けるという心理傾向を持っています。
すなわち得をすることよりも、損をしないことを優先するのです。
その結果、「正しいワークフローは面倒」という労力の損失を避けるため、口頭承認やフローのショートカットといった「楽な方法」を選んでしまいます。
変化した方が良いと頭では理解していても、現状維持を選択してしまう心理傾向のことです。
過去の成功体験や経験による安心感に加え、変化によって損をするかもしれないという不安が、現状維持を選択させます。
業務改善への反対や愚痴には、現状維持バイアスが要因になっていることが少なくありません。
新しいワークフローに対し積極的になれず、重箱の隅をつつくような問い合わせをすることもあるでしょう。
「責任の分散」とは、重要な決断を自分一人で負いたくないという心理から、複数人で責任を分け合おうとする傾向のことです。
承認は責任を伴う重要な判断です。
「自分だけが責任を負いたくない」「誰かに責任を取ってほしい」という気持ちから、責任を分散させる要求をします。
その結果「念のためあの人も、この人も」と承認者を不必要に増やし、フローを複雑化させます。
これはハンコリレーの時代にも行われてきたことです。
これらの心理トリガーは、どんなに優れたワークフローシステムを導入しても解決することはできません。
しかし、向き合い方を変えることで、状況を改善することは可能です。
情シスはこの課題にどう向き合うべきでしょうか。

ワークフローシステム導入の壁には、現場がルールを守らない、すべてに対応しようとして複雑化する、運用が始まってから必要なフローが判明する、などがあります。これらはシステム利用者の心理や、曖昧なまま進められてきた過去の業務慣習によるものです。
最初から完璧なワークフローシステムを設計したい気持ちはありますが、おそらくいつまでたっても稼働できないでしょう。
ワークフローシステムの導入に成功している企業の共通点は、最初から完璧を目指さず「柔軟に変更できる運用設計」を前提としていることです。
成功の秘訣は、細部まで完璧に定義せず、運用フェーズで微調整できる余白を残すことです。
具体的には3つのポイントがあります。
通常、システム設計ではルールを先に決めてからシステムに落とし込みますが、成功しているチームは逆に、システムを運用しながら対話でルールを整えていきます。
対話によって、心理的な壁を低くすることが目的です。
ただし、要望を聞きすぎてルールが複雑化しないようバランスを意識しましょう。
承認フローを「通常申請」「例外申請」の2つに分けます。
日常的な5万円未満の備品購入などは承認者を減らし、ショートカットボタンを作成するなど承認にかかる作業を極力シンプルにします。
承認への抵抗を減らし、システムの定着を早めることが目的です。
一方「例外申請」は承認フローを複雑化し、申請項目に「例外申請の理由」などの入力項目を増やして少し使いづらくします。
あえて「面倒」にすることで、損失回避性を逆利用し「フローに従わないと損する」という気持ちを促します。
最初から完璧なフローを描こうとすると、ルールが厳格になりすぎ、後からの修正が膨大になります。
最小限のフローでスタートし、必要に応じて足していく「足し算の設計」が重要です。
「導入3か月後に現場部門とレビューする」など見直しが前提であることを最初から明言しておくとよいでしょう。
完璧なシステムは存在しません。組織と対話しながら、共に育てていく、それが成功への道です。
ワークフローシステムは導入するだけなら、それほど難しくありません。
現場がシステムを当たり前のように使い、業務が効率化され組織全体が円滑に回るようになったとき、導入が成功したと言えるでしょう。
そのためには情シスは現場部門と対話しながら、運用のストーリーを作り上げていく必要があります。
完成形を守るための運用ではなく、システムを育てていく運用へ。そのために必要なのは、完璧な設計ではなく「対話できる空気」です。
システムが自然に組織に溶け込み、人が仕組みではなく仕事に集中できる。
そのとき、ワークフロー導入は本当の意味で成功したと言えるでしょう。
(TEXT:おちあいなおこ、編集:藤冨)

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